3/10(土)
〜数ある表現形態の中で、小説家こそが最強ではないかと思う、今日この頃〜
高橋徹也です。
暖冬、と一言では片付けたくない、異常気象に慣れつつある日常。エアコンの温度調節、ペット・ボトルのリサイクル、買い物マイバック等、この程度のことではもはや手遅れな状況ですが、やれることをやるしかない。
この冬は本気で寒いと思ったことはなかった気がする。本格的な降雪すら結局一度としてなかった。水を買って飲む、カブトムシはデパートで買う、そんな話にもはや抵抗を感じなくなった現在のように、南極の氷がすべて凍解しても、雪が降らない冬を過ごしても、何も感じなくなるのだろうか。
僕にとってこの「慣れ」というのは昔から非常に恐ろしいもので、なにかにつけて「慣れ」を感じない生活をしょうと心掛けてきたつもり。
ここで言う「慣れ」とは、僕の中で「違和感」と逆説的な意味を持つもので、まさにその「違和感」こそが、自分の創作活動の基礎のひとつだと思う。世間一般の慣習に対する違和感。他人との関わり合いで生じる違和感。そうした中で、意図的に見ないようにしているもの、意図的に覚えようとしないものがいくつかあることに気が付く。
それは以前にも一部書いたことがあると思うのでここでは割愛するが、とにかく日常の中で、ちょっとした居心地の悪さを感じるということが、僕にとって逆説的に健康のバロメーターとなっている。居心地が悪いと健康優良というのも、なんだか矛盾した話だけど。
話は変わって、最近アニメ映画「ジョジョの奇妙な冒険」を観に行った。30過ぎてアニメを観るのはかなり勇気のいる事だったが、小中学校時代にハマッていたマンガが20年以上の時を経て映画化されるという、それこそ「奇妙」な状況だけに、これは行くしかないと意を決して出掛けた。
20年以上続いたマンガの粗筋を説明するのは難しいが、主人公となる一族(ジョースター家)と、時代を経て変化する敵役(ディオ)との、気の遠くなるような長い闘いの歴史(1部〜6部/現在も継続中)とでも言えばいいか。まぁ、30過ぎの男が、こんなことを説明しているだけでも、かなり恥ずかしいということを理解して欲しい。そこに作者である荒木飛呂彦さん特有の画風(ありえない間接の動きやポーズ)や擬音表現、セリフが渾然一体となり、唯一無二のジョジョ・ワールドを産みだしている。僕にとってそんな思い入れがたっぷり詰まった青春のマンガ作品だ。
そして実際、映画を観たら泣きそうになった。いや心は号泣していた。本当にまじめな良い話。オリジナルにあるエピソードをどれだけ省略しようとも絶対に色褪せることのない物語の核心部分。絶対に今のキッズにウケる感じではないと思うが、そんなことどうでもいい。観に来ていた客層も明らかに30台以上が中心。しかもほぼ全員、男。なんかヨーロッパのサッカー場的な熱さがあった。熱さっていうか、ちょっと怖い?みたいな本気の熱さ。
残念ながら多くの女性には「絵が生理的に受付けない」とか一刀両断されてしまいそうなマンガ(決して汚い絵ということではない)かもしれないが、僕にとっては最高の作品だ。作者の荒木飛呂彦さんは一度会ってみたい人のひとり。とにかく映画の成功を祈ります。
去年の秋頃から、自分で意識的にきちんとした生活(心身共に)をしようと試みてきたのだが、その甲斐あって少しずつ(心身ともに)マシになってきた
実感がある。別にその前が飲んだくれだったとか、夜遊び三昧だったとか、そういう訳ではないが、食事、睡眠、読書、この3つを少し意識するだけで、調子が良くなってきた気がする。ここに今後、適度な運動を加えれば、完全無欠のマッチョな人間になれるのではないかと、いや、なりたくない。
読書ペースはやや落ち着いてきて、歩きながら読んだりはしなくなった。改めて思うのは小説家の凄さ。絵画、彫刻、音楽、映画、写真などなど、様々な表現形態がある中、小説家こそ最強ではないか、と思う今日この頃。どうして言葉、文章だけでこんなにも様々な感動をもたらすことができるのか。
そこで思うのが、翻訳家の重要性。僕の読んでいる作品の9割以上が海外文学であるゆえ、事実上翻訳家のフィルター、主観を通過した作品を読んでいることになる。極端に言ってしまえばオリジナルとは別の作品だ。だから翻訳家の存在はもの凄く重要。自分程度の読書量で言うのもなんだが、翻訳家にも結構良し悪しがあるように思う。
トータルでの構成力だとか、言葉選びのセンス自体はもちろん大事だが、僕の場合、主に句読点の位置や量から来る文体のリズム感で、その翻訳家との相性、好みが分かれてくる。要は自分が読みたいペースで、文体のリズムが来て欲しいという身勝手な要求だが、ここをクリアできないとテコでも前に進まないし、一行読むことすら苦痛に感じることもある。幸い、自分が興味を持つ作品には、それ相応の翻訳家がついているようなので、ごく稀なことではあるのだが。
それと最近の大手書店に行って感心するのが、セルフサービスの検索機能。作家名やタイトルを入力すると、大まかな売り場案内をしてくれるというアレ。入手しにくい作品が検索ヒットした時なんか、思わずひとりで「オオー!」とか、ジャンボ鶴田ばりの声を出してしまったりして、それだけでも結構おもしろい。
あと絶版になっている作品が多いのにも驚いた。自分が昔、何の気なしに買っていた文庫本のシリーズにも、そういう絶版本が数多くあって、ちょっとした優越感を覚えた。今じゃ買えないんだと思うと、妙にありがたく感じてしまったり。その辺りはレコード盤収集となんら変わりないということか。
そして本関係で、今、心から切望している事は、書店でもバーゲンをやって欲しいとうこと。洋服や貴金属、電化製品などはしょっちゅう半額バーゲンなどをやっているのに、書店では洋書や写真集、専門誌くらいしかバーゲン対象にならない。著作権とかそういう関係なのかは知らないが、普通の文学書(小説/文庫本など)をたまには安くして欲しい。ハードカヴァーの小説なんて、平気で3〜4千円するケースもあるので、まとめてみると結構バカにならない金額だ。半年に一回くらいのペースでいいから、ぜひバーゲンを実現して欲しいものだ。そうすれば一気に買い占めたいものがたくさんあるのに。まぁ、非現実的な話だけど。
長くなってきたので、今日はこんなところで。また近いうちに更新するよう努力します。
ではまた。
追伸; 4/5ライブのチケット予約は特典もある15日までにお早めにどうぞ。今年初のライブなのでリハビリみたいにならないようにがんばります。ライブでリハビリなんて贅沢な話だけど。