今回のレコーディングはあらゆる意味でやることがはっきりしていたように思います。自分が目指すものと出来ること、関わる人達のスケジュール、そして費用や作業環境など、様々な条件のもとやるべきことはおのずと決まって行ったというのが正直なところ。
実際に録音に割かれた日数は延べ約2週間で、編集作業やTD、マスタリングを含めても20日間程度で納まりました。ヒットした、しないは別として自分の過去の5作品と比べても格段に少ない作業日数。けれど断じて言えるのは例えあと数日、日程に余裕があったところで作品の密度自体に大差ないだろうということ。平たく言えばちょうど良かったということでしょう。
そのレコーディング日数からもわかるように、今回はいわゆる一発録り、ライブ演奏に近い生な感触が主要なテーマでした。実際には全くのライブ録音ではありませんが、よりそれに近い状況、参加ミュージシャンができるだけ同じ時間軸で演奏することを優先しました。ただきっちりと演奏することよりもむしろ「なにか漂ってた」とか「なにかグッときた」とか、そういう不確定な要素を基準に作業を進めることによって、自分がこの作品をよりフィジカルに感じたいという意図もあったと思います。
見も蓋もないような寂しい歌であっても、その感情がスゥーっと身体の外に抜けて行くような、そういう作品になっていれば本望ですね。
「ある種の熱」、、、風邪ですか? とか言われてしまいそうな、まぁなんのことやらという感じでしょうが、自分では非常に気に入っているタイトルに落ち着きました。
2004年の暮れだったと思いますが、今回のアルバムを出しましょうという打ち合わせの席で、事前にタイトル候補に挙げていた言葉の一つで、唯一の日本語タイトルでもありました。その打ち合わせの席ではやんわりと不評でしたが、実際のレコーディングが進み作品の全体像が見えてくるにつれ、密かにこれで行こうという気持ちが固まりました。
人知れず無駄にデビュー10周年を迎えようとしている自分ではありますが、色々と紆余曲折あってまた自分の得意とする表現形態に戻ってきたのかなという部分を強く感じます。あくまで個人的にですが「夜に生きるもの(2nd)」「ベッドタウン(3rd)」という作品群の延長線上にあるのが今作「ある種の熱」だと思います。
年を取って確実に失ったものがある反面、ようやく手にしたものもある訳でそれを一括りにはできませんが、自然環境保護団体みたいな気分で音楽を作ってきたここ数年とは明らかに違う、もっとドロっとした熱量を今自分の中に感じます。それは10代のロック青年がギターを掻き鳴らして歌う熱量よりも、ある意味タチの悪い熱量だと言えますが。
今から7〜8年前になりますが渋谷でワンマン・ライブがあり会場入りしようとしたところ「関係者以外立ち入り禁止です」と受付で止められてしまったことや、デビュー当時のイベントでやはり会場入りの時、並んでいた観客が「高橋徹也って誰だよ。武田鉄也かよ」と軽口を叩いていた横を通り過ぎた瞬間とか、なぜか今になってよく思い出します。
「テツヤっていうだけで武田」みたいな世の中の不条理を僕は僕なりに痛切に嫌悪していますし、そういう輩を打ちのめす為に音楽をやっている面も否めません。でもここ数年はそういうストレートな感情を胸の深い底の方まで沈めていた気がします。
まわりくどい表現になりましたが今回のレコーディングは、自分の感情を再び表現するために必要な浄化作業だったのかもしれません。ある種の熱、、、要は「なにものかになれるかもしれない」という淡い幻想。本当にこれさえなければもっと別な人生を歩んでいたような気がしないでもありませんが、タバコやお酒をやらない僕にとって唯一の悪行ということで納得する以外ありません。
ひとりでも多くの方に、この歪んだ熱が伝わるよう祈ります。
高橋徹也